最高裁判所第二小法廷 昭和27年(あ)3396号 判決 1953年6月19日
本籍
栃木県下都賀郡国府村大字惣社一六二四番地
住居
八王子市元横山町七五四番地
畜犬商
荒川観治
明治三四年一月一一日生
右麻薬取締法違反被告事件について昭和二七年三月一九日東京高等裁判所の言渡した判決に対し被告人から上告の申立があつたので当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
弁護人森長英三郎の上告趣意第一点について。
麻薬取締官町田長重作成の、被告人に対する第一、二回供述調書によれば、被告人が昭和二五年六月東京都南多摩郡多摩村の桜ヶ丘保養院に入院した際所持していた本件麻薬は同人が昭和二〇年八月頃八王子市内の多摩脳病院の医師持田治郎より現金にて買いうけ、爾来自宅の戸棚に隠匿していたものであることが認められる。従つて論旨の主張するように麻薬取締法三条一項但書にいう「この法律の規定により麻薬を麻薬施用者から施用のため交付を受け」た場合に該当しないこと明白であるから、論旨は理由がない。
同第二点について。
論旨は原審において主張せず、従つて判断をうけない事項に関するものであるから適法の上告理由となりえない。
同第三点について。
憲法二五条の法意はその第一項は国家は国民一般に対して概括的に健康で文化的な最低限度の生活を営ましめる責務を負担し、これを国政の任務とすべきであること、第二項は国家はすべての生活部面について社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上並びに増進のためかゝる社会的福祉の拡充増進に努力すべきであることを宣言した趣意と解すべきである(昭和二三年(れ)二〇五号、同年九月二九日大法廷判決。判例集二巻一〇号一二三五頁以下参照)。翻つて所論の麻薬取締法三条一項本文は但書と対照して考えれば、所論のごとく麻薬取扱者でない者が自己の身体に施用するために麻薬を所持することも禁止したものと解すべきであるが、この規定が憲法二五条に違反しないことは前記大法廷判決の趣旨から明らかである。論旨は理由がない。
同第四点について。
しかし、前記第三点について述べたごとく麻薬取締法三条一項本文は所論のごとき場合をも禁止の対象としていることは明かであるから、これと反対の見解に立つて原判決の憲法違反を主張する論旨はその前提を欠き採用できない。
同第五点について。
本件については刑訴四一一条二号を適用すべき場合とは考えられない。
弁護人島田勝三の上告趣意について。
しかし桜ヶ丘保養院の医師野口晋二の任意提出書及び麻薬取締官町田長重作成の、被告人に対する第一回供述調書によれば被告人は同保養院に入つて後自発的にこれを同院の医師野口晋二に手交したものであることが窺える。従つて憲法違反の前提たる事実を欠くことになり採用できない。
よつて刑訴四〇八条、一八一条により主文のとおり判決する。
この判決は、裁判官全員一致の意見である。
(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)